28
2017
09

あたかも時の流れが止まったかのような気分を味わうことができる

このように夢幻を表現できるタンシュスポンデュは、他のアルソーラインのモデルと同様、外装のディテールも見る者を引きつける。シルバーカラーの文字盤は段差が設けられ、旋回したような流れに沿って置かれたゴールドのインデックスのフォントは、ことのほかエレガントだ。鏡面に磨き上げられ、丸みに段差を持たせたケースや、エルメスらしいラグも、独特の雰囲気を作り出している。カーブを描いたラグは馬具の鐙(あぶみ)を想わせる形になっていて、〝アルソー〟というコレクション名も、そこにちなむ。アルソーとは、フランス語でアーチ部分を意味する言葉なのだ。フォールディングバックルが取り付けられたダークブラウンのアリゲーターストラップも、この時計に似つかわしい。このように、さまざまな特徴を持つ構成要素が盛り込まれているにもかかわらず、調和したデザインにまとまっていて、それが他にはない魅力を醸し出している。


さらに、つぶさに鑑賞すると、幻想に引き込まれるような感覚に陥るかもしれない。うれしいことに、ルーペを通して見ても、これといった不満が見当たらないのだ。ゴールドのアラビア数字はペイントではなく、薄皮のごとく繊細なアプライド式。数パーツ構成のケースからは、加工作業の丁寧さが伝わってくる。裁ち切りした縁をラッカー塗りした、手縫いのストラップも装飾的要素のひとつだ。エルメスは馬具商としても長い歴史を持つのは周知の通りだが、このストラップもエルメスの工房で手作りされている。ラグと同じく鐙のようなアーチを持つバックルも、細やかな仕上がりながら、不用意に開くことのない、人間工学に基づくしっかりした作りだ。エルメスのディテールへの並々ならぬ愛がことに表れているのは、バックルの爪だ。アーチの両端をつなぐように渡されたバーにカーブした爪を載せ、フォールディングバックルでありながら、あたかもツク棒付きの尾錠のような形にフライスされている。これがアルソーコレクションに忘れ難い印象を与えているのだ。


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